ビジュアルファシリテーターの阿呆な研究

愛情の計測方法

東京ガスのCM、最近みて、涙がでてきてしまった。
このCMと同じように自分の母もつくってくれたお弁当。
母方の祖母がくれた野菜。父方の祖父叔父おばがつくってくれたお米を思い出したから。

「愛は形がみえない。形のみえないことこそ大事なんだ」そう、中学の頃の英語の教科書にのっていた。
でも、愛情って切り口さえ考えれば、形にはなるし、計測もできるって今は思ってる。

例えばごはんをつくること。
でも、今、自分で料理する立場になってあらためて気がついたんだけど、毎日ごはんをつくるって面倒だ。ビタミン、たんぱく質、油分、炭水化物etc…バランスよくたべなきゃいけない。食材もくさらせないよう、足のはやいものから食べなきゃいけない。
ほうれん草をゆでて、その間にキャベツを切ってスープにほうりこんで、釜でごはんをたいて、魚を焼いてほぐしてごはんにまぜて、卵とほたてをぷりぷりにいためて、チリソースをつくって混ぜて。たくさんの工数を使うのに、食べるのは一せいぜい20分、食べ終わったら食器を洗う。その20分のために、1時間以上の工数が必要だ。

でも、その20分で得られることって、決して少なくはない。
・栄養
・おなかいっぱいになる満足感
・家族と一緒にたべる幸せ
こんだけのもんがかえってくる。

そして、ある程度数値計測もできる。
栄養は数値計測できるし、体調や肌に如実にあらわれる。
満足感は、間食の内容に反映される(食事が満足なら間食はおのずとへる)
家族との会話回数は、我が家は一緒にいる時間に割と比例する。食卓を囲むとその時間は積み増しできる。

先週、朝晩ともに自炊をぜんぜんしない生活をしてたら、家族との会話は減るわ、炭水化物ばっか食べてて肌が荒れるわ、ちゃんとたべた気がしないわで最悪な気持ちになった。
だからこそ、今週は朝晩とも、しっかりご飯をつくろうって思った。

家族にも、自分にも、愛情をかけるために。
愛情を伝えるツールの一つとして、料理って貴重だと思う。

布団と人体の分離施策は、恐るべき難易度である


Lazy Cats (1) / AlishaV

布団と人体の分離。
毎朝やっていることなのに、なんでこう難しいのか。

夏じゃないけどサマータイムはじめることにした。
会社に一時間はやくいって一時間早く帰る。
早起きしたら人生輝くキラキラ、みたいな日経ウーマンにのってそうな理由ではない。日光湿疹がそろそろでてきたので、日差しが弱いうちに出勤したほうが体によいという肉体的理由が半分。あと半分は、深夜残業地獄無限ループから抜け出したかったため。
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カオス感溢れる授業たち in都の西北!

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同窓会があったので、母校である都の西北に行ってきた!
ちょうど今は、新学期直前。おなじみ「マイルストーン」が並んでいたので、つい旦那(私と同じく都の西北出身)へのお土産にかってきた。マイルストーンは大学の授業とサークルの口コミ情報誌で、サークル、授業すべて網羅しているといわれる冊子だ。その掲載情報量たるやはんぱない。今年はグルメ情報冊子までおまけでついていた。

これを購入した学生は、楽勝で楽しい授業を必死に探し、授業登録をする。んでその後一年で一番騒ぎに騒ぎ、高田馬場駅前ロータリーに無数のゲロだまりを作る。
そんなカオス感あふれる新学期の風物詩、マイルストーン。解説されてる授業の中身もカオス感たっぷりだったので、いくつか授業をみつくろってみたよ!

・資源と廃棄物 宝物の行方と賢者の石(教育学部)
・授業に活かす朗読講座(教育学部)
・愛の制度(文学部・文化構想学部)
・オカルト芸術論 闇の文化史(文学部・文化構想学部)
・ストレスと自殺(理工学部)
・テクノストレス(理工学部)
・救急処置法(スポーツ科学部)
・ドラえもんとニッポン未来予想図(オープン教育センター)
・囲碁で学ぶ数理科学入門(オープン教育センター)

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夜22時から作る、美味しいごはんのためのワークフロー


244/365 – Second Hand / The Travelling Bum

web業界は夜が遅い。
さすがに徹夜はないのでマシなほうだと思うが、私は退社時間は毎日20-21時くらいと一般OLと比べると遅いほうに入る。
家に帰って飯を作るのが面倒くさいときも多々あるけど、私は美味しいものを食べたい。ちゃんと野菜食べたい。「作業時間短いけど、いい品質のものをあげてね!」という殺意を覚えるクライアントと同じ要望である。
まあ、発注者も自分なら、制作者も自分なので、できる限り効率をあげようと日々ワークフローを考えている。そのうちの一つが「生食の葉っぱ野菜の下ごしらえをしておく」こと。
このおかげでご飯のクオリティは20%くらい上がってると思う(←数字を使ってるくせに私の主観ですいません。数字の意味ないwwww)

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マズめしディレクション 〜こうすればご飯はもっとマズくなる


Vomiting pumpkin for Halloween / abbamouse

昨日歓迎会で行った居酒屋の飯がすこぶるマズかった。
(※決して幹事のKさんをせめているわけではない。むしろKさんは店側に苦情申し立てをしてくれたので感謝すらしている点、前置きしておきます。

ポジティブで社内にその名を馳せる先輩@mardoc96氏でさえ「大学時代を彷彿とさせる飲み屋」と形容するしかないその居酒屋。
ダメ人間の私が接客態度について苦情申し立てしてもなんの説得力もないので、この場での言及は控える。
しかし、コンテンツディレクションを日々している身、そして日々飯をつくる者として、飯のマズさについては一言申せる立場にあるのではないだろうか。よい機会だから、その店の例をあげて、「どうすればご飯がまずくなるか」を考えることにした。

Let’s マズめしディレクション!

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LINEが便利すぎて、夫婦間電話が57.2%減、メール100%減した経緯

2月末に、おくればせながら、LINEをインストールしました。
飲み会で話題になっていたのに、ついていけず寂しかったので。。しかし相手がいないとつまらんので「めんどくせえ」と渋る夫を促し、夫iPhoneにもインストール。利用の強制はお互い全くしなかった。
そして3週間が経過。我が家では衝撃のコミュニケーションスタイルの変化が生じました。

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ひさびさにブログ再開します。

2004年6月(八年前!)から細々日記ブログをつづりだしましたが、また再開することにしました。自分の気持ちや思考を言語化するのを、怠っている気がしてならなかったからです。

 

  • 失恋がきっかけだった、ブログ上での「思考の言語化」

八年前ブログをつくったのは、失恋直後のもやもやをはらすためでした。
「あいつふざけんなバカヤロー!うわーん」って思ってても、その過程や気持ちについて文章を書くと、失恋という事象を客観視しできたし、何より自分の至らない点が見えてきました。

「思考を言語化する」ことは、当時の私にとっては命綱でした。
今読み返すと、枕に顔うずめて暴れたい衝動にかられますが、書かずにはいられなかった。

 

  • 仕事にかまけて、自分の気持ちや思考を言語化しなくなる。

今はwebディレクターとして、自社のサービスについてキャッチコピーや原稿を書く立場になっていますが、反比例するように、自分の思考についての言語化はしなくなっていました。

「これいいなあ」と思った仕事のことや、家族のことなど、twitterでつぶやいてみるくらい。文章におこすことで、より思考を深めるという過程までは至れませんでした。だって日々の仕事でいっぱいやってるんだもん。家でくらいのんびりしたいじゃん。(とオッサンみたいなこといってみる)

 

  • 再開のきっかけ

ブログ再開のきっかけをくれたのは、夫の知人でした。
彼女はwebデザイナーという仕事に興味をもっていました。また、私が仕事でつくっている某ECサービスを使ってくれているお客様でもありました。
私はなんだか嬉しくなっちゃって、思わず「webデザイナーもいいけど、今あなたがみてるサービスをつくる側のwebディレクターはもっと楽しいよ」って話をしちゃいました。

数字を見て仮説をたて、実装して、結果をみて、また改善していくこと。
デザイナーさん、コーダーのみならず、同じサービスを運営する、商品側のプロやシステムのプロと一緒に一つのものをつくっていけること。
毎日毎日、ゲームをやってるように楽しいこと。

そういう気持ち自体は、誰にも話してませんでした。ブログも更新しなくなったし、だいたい「今の仕事スキだぜ」って公言するのがかっこわるいなって気持ちもあったから。社畜宣言みたいだし。社畜乙www
でも、知人にむけて、仕事の楽しい話を口にだしてみてはじめて、自分の気持ちを素直にはなせたなー、ってものすごーくスッキリしたのです。
今の会社で、「それどうなのよ」っていう点はたくさんあるので、「今の会社での仕事がぜーんぶスキ」とは言えませんが。

でも、「伝わるものをつくる」ことに関しては、ほんとーーーーに人生で一回も嫌いになったことはありません。私のライフワークだとすら思う。だから、ブログでちゃんと「伝わるものをつくる」ことを中心に、思考したことを文章化してちゃんと残しておこうと考えるに至りました。
せっかくなんで、ドメインとって、サーバかりて、wordpressぶっこんで、勢いでブログも作ってみた。。。どーなることやら。

現在のところ、ECサイトのwebディレクターという立場上、どうしてもそれに関する「伝わるものづくり」が中心にはなると思います。

以上、阿呆ですが、ブログ再開宣言でした。ごきげんよう。

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