ビジュアルファシリテーターの阿呆な研究

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お弁当づくり=制約のあるUXデザイン -母の弁当と納豆天ぷらテロの思い出-

一月頭に親知らずを抜いた。左側の上下二本一気に。

全体的には無事に回復へは向かっていると思われるものの、困ったことがあった。

ごはんが食べられないのである。正確にいうと、固形物を食べるのがとっても大変だった。抜歯直後は歯を抜いた左側が痛くて口が大きく開けられなかった。抜歯数日後からは抜歯直後の切るような痛みはなくなったものの、骨がむき出し気味となっていたせいで、随時痛みがじんじんくる始末。左側に負荷をかけないよう、固形物を右側だけで咀嚼しつづけてたのだが、やっぱりつらかった。うっかり左側で噛もうとしてしまうと走る激痛。食卓に響く絶叫。買いだめしていたロキソニンSがすごい勢いで減っていった。ていうか二箱くらい使い切った。

「親知らず 抜歯後 食事」でぐぐると、おかゆ、ポタージュ、バニラアイス、やわらかい麺類あたりが定番の食事らしい。あとは、ダイエット用ドリンクか、介護用食品…。

それでもおいしいものを作って食べたい女心。さらには夫の分のご飯もつくらなければいけないし(さすがに健康に問題ない人に対して、おかゆ連続だと可哀相)。そこで、夫は夫でおいしく、さらに自分も食べられるメニューをあれこれ考えて一ヶ月を過ごしているのだが、ふと気づいた。

「これって制約多いUX案件だよな。。。」

制約の多いUXデザイン

先のエントリー「ユーザー中心デザインの導入vs納期 -仁義なき戦い-」で、納期や予算と戦うUXについて述べた。各所で共感を得られ、納期や予算と戦ってるのは自分だけじゃないんだ!と実感でき非常にはげまされた。

戦いに苦戦してる風なエントリーではあったけど…実は私は、「限られた工数や予算のなかで、開発されたサービスのUXをなるべくよくできるよう、UI作って納期にまにあわせる」という案件に関わることが多く、またけっこう好きだったりする。

なんだか、考え方が料理、とくにお弁当づくり(とか、抜歯後の食事づくり)に似ている気がするのだ。お弁当は通常の料理行程に加え「さめてもおいしい」「朝の限られた時間内で作る」という制限がより多くつきまとう。この制限を毎日クリアしてると、「限られた条件内でもどうにかなるか!あはは!」というよくわからん自信がわいてくる。私の仕事(と家庭)への楽観主義は、お弁当づくりで育まれたように思う。

UXデザインを、お弁当づくりで説明してみる。


というわけで、私はUXデザインについてはお弁当づくりで例えたらわかりやすいんじゃないかなあと思ってる。

UXデザインとは何か?について、建築家を例にあげて説明してくれてる記事があるので、この記事を参考にちょっとまとめてみた。

Circa 2000, Melisa Cooper published an article that unfortunately no longer seems to be available online. It drew an analogy between a User Experience Architect—a more common term than UX Designer in the 1990s—and that of a conventional architect who designs houses. I have adapted and extended her analogy to make it more comprehensive and contemporary, as well as to put my own spin on things. When designing a new house:

An information architect would ensure that the master bedroom could accommodate a double bed, two bedside tables, and a large wardrobe; that the kitchen is next to the dining room; and that the only bathroom is not in the garage!

An interaction designer would ensure that the cold water tap is always on the right, the stairs have banisters, and the light switches are on the correct side of doors.

A visual designer would have a role that is similar to that of an interior designer—choosing the carpets, curtains, and furniture, so they coordinate well, are in keeping with the character of the house, and satisfy the home owners’ personal taste.

A usability engineer would inspect the house after each of the key stages in the building project—that is, after conceptual design, using the architect’s visuals and models; after the planning stage, referring to the technical schematics; once the building shell is completed; and once the entire building is completed.

A UX architect conceives the whole experience of the home owner. This means having overall responsibility for the design, leading and briefing all of the people in specialist roles, and representing the home owner—not the builders—throughout the design process.
引用元:http://ccpideaexchange.blogspot.jp/2012/06/ux-design-defined.html

ざっくり和訳してみる。

和訳

2000年頃Melisa Cooperは、ユーザーエクスペリエンスアーキテクトと、家を設計する建築家の類似性を指摘している。
※1990年代にはユーザーエクスペリエンスアーキテクトという言葉のほうが、UXデザイナーという用語より一般的な用語だった
※ただしこのMelisa Cooperの記事は、現在オンラインでは閲覧できないとのこと。

IA(情報設計)は、「メインの寝室にはダブルベッドと2つのベッドサイドテーブルがあり、さらにでっかいクローゼットがあること」「キッチンはダイニングと隣接していること」や、「風呂が車庫の中にあるなんてありえぬ」ということを決定づける。

ビジュアルデザイナーは、インテリアデザイナーと役割が似ている。その家にあうよう、そして家の持ち主の好みにあうよう、カーペット、カーテン、家具を素敵な組み合わせとなるよう選ぶのだ。

ユーザビリティエンジニアは、家を設計・建築する過程(ビジュアルやモデルを用いたコンセプトデザイン〜設計〜建物の枠組みが完成するまで)をチェックする役割だ。

UXアーキテクトは、「住人の体験」を考える。「住人の体験」を考えることは、デザインのプロセスにおいて、すべてのデザインに責任を持ち、各スペシャリストたちを率い、住人を代表する(建築するひとたちの代表、ではない点に注意!)という意味合いをもつ。

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UXデザインという概念はけっこうわかりづらいものなのだけど、この例はかなり私はわかりやすかった。

UXデザインを、お弁当づくりにたとえると。

IA(情報設計)は、お弁当の具材の配置を決める。たとえば、「ごはんの隣にはたくあんや梅干しがある」「主菜のハンバーグはもとから味付けされていているか、もしくはハンバーグの下にケチャップが入っている(お弁当のふたにケチャップがつかない)や、「デザートのフルーツがご飯の中にあるなんてありえない(ちゃんと別の容器か、もしくは水分がもれないよう仕切のカップなどで区切られた上で配置されている)」とか。

ビジュアルデザイナーは、お弁当の色合いを工夫する。揚げ物と煮物メインで茶色くなりがちなお弁当において、赤黄緑白黒の色あいがとれたメニューを考案する。赤いトマトや人参、黄色いたくあんや卵焼き、緑のブロッコリーやほうれんそう、白いごはんやれんこん、黒いゴマや海苔。メニュー考案には冷蔵庫の中身に加え、食べる人の好みや栄養も考慮する必要がある。

ユーザビリティエンジニアは、お弁当を作る課程をチェックする役割だ。たとえば、煮物の煮汁は片栗粉でとろみをつけて、汁もれしないようにする。冷めてもおいしいよう、味つけは少し濃いめにしておく。また、豚バラのように、冷めたら脂が白くかたまって食べづらい食べ物はお弁当素材に選ばない、など。

UXアーキテクトは、お弁当を食べる人の楽しいランチタイムを考える。楽しいランチタイムを考えることは、メニューを考えたり調理する行程全部に責任をもち、お弁当を食べるひとの気持ちを考える、という意味合いをもつ。

私の人生最高のUX=母のお弁当


母のお弁当というUXはすごかったの一言につきる。キャラ弁もUXのひとつだとは思うけど、母はキャラ弁をつくらなくても毎回毎回素晴らしかった。
小学校6年の頃塾にいくとき持たせてくれたのりまきは、ツナと梅干し二種類あって食べあきず、一口サイズで食べやすかった。(おにぎり2つだと多いけど、カットしたのりまきだとおにぎり1個分強だったので食べ切れた)中学生になって食べ盛りなときには、おにぎりが茶碗1.5杯くらいの巨大おにぎりをつくってくれた。

ばあちゃんから煮豆をもらったときには、煮豆大好きな私のために他の家族より多く煮豆をいれてくれた。煮豆はおかず兼デザートとなった。ほうれん草のソテーはちょうどよい塩からさで、ごはんがよくすすんだ。
受験のときのお弁当はトンカツで、「がんばれ」というひとことの手紙がはいってた。

お弁当箱という小さい世界の中に、数えきれないほどの工夫がつまっていた。中学受験はじめた六年生のときから、大学へ入る前の七年間のお弁当は忘れられない。普段の料理もお弁当も、やっぱり母の構築したUXにはかなわないと今でも思う。
そんな母の弁当のおかげで、娘はすてきなかんじで成長した(主に横幅に。)

制約のあるUXの悪例:納豆天ぷらテロ


制約のあるUXデザインの悪例としては。私が作ったお弁当が挙げられる。ここでは悪名高かった「納豆天ぷらテロ」を紹介したい。
前職在職中、私はどうしてもお弁当に納豆をもっていきたくなり、余った納豆を天ぷらにして持っていった。(納豆をそのままもってくとくさいであろうという分別は一応あった。なので、天ぷら化してにおいを封じ込めようという作戦である)

そしてランチタイム。納豆はにおわず完璧だった。しかしふと魔がさした。天ぷらをあたためたくなったのである。というわけでレンジでチンしてみたところ・・・給湯室からただよう納豆臭。しかも強烈。レンチン完了した数分後には、給湯室どころか廊下にまで納豆臭がただよっていた。当然上司先輩はぶちきれ、私はだいぶしかられた。周囲から「お前は馬鹿か」と罵られながら食べる弁当は非常に悲しいものがあった。納豆天ぷらはおいしかったけど、さすがに弁当に持参するのはやめようと固く心に誓った。当時の記憶がある皆様大変申し訳ありませんでした。

※同じような例として、納豆キムチ鍋テロがある。私と双子の妹が同居してたとき、納豆キムチ鍋をよく好きで作ってたのだが、納豆嫌いの現旦那にとってはテロでしかなく、彼がいるときに納豆キムチ鍋作りにはげむと死にそうな表情をしていた。おいしいのですがね納豆キムチ鍋。結婚してから一度も作ってないのでそろそろ食いたい。

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そんなこんなで抜歯してから一ヶ月弱、ようやく骨が見えてた左下奥歯もおちつき、普通の食事がとれるようになってきた。
制約の多い料理づくりもだんだん必要ではなくなり、普通食を普通に作って問題ない状況となった。万歳。

・・・と思ったものの。こんどは青森の祖母からおくられてきたりんごがあと10個くらい残っていることにきづいてしまった。さすがにそろそろ食べないといけない。というわけで、こんどはりんご縛りという謎の制約がついた料理づくりにはげむことになった次第である。りんごはおかずにならないから難しい。。
明日から、会社での自分のおやつに、手作りりんごケーキもってくことにしようと思う。おかんのお弁当には遠くおよばない、炊飯器にホットケーキミックスとバターと卵とりんごと牛乳つっこんで炊飯して焼くという、超かんたんなやつだけども。りんご10個を消費しおわったら、たぶんまた私はちょっとだけ案件をまわして仕事してく自信がつくんだと思う。

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