「理想のチーム像について考える」というテーマのイベントにて、スピーカーとして参加する機会をいただいた。
会社名だして参加してきたので、考察するならいち個人ブログではなく会社のブログと決めていたのですが。ものすごく個人的な考察をしたくなったので、この場にて書くことにします。
テーマは、理想のチーム像とジャムセッションについて。
ジャムセッションの面白さ=進化する生物の姿=理想のチーム
「理想のチームはどんなチーム?」ときかれた時。「ジャムセッション」、そう私は答えた。
web関係の勉強会なんだから、googleのラリー・ペイジとサーゲイ・ブリンの話とか、『不格好経営』の南場さんの創業当時の話とかできればよかったのかもしれないけど。そのとき私の頭の中にぱっとうかんだのは、webとはまったく関係ない、バンドのメンバー一人ひとりの顔だった。
ジャムセッション (a jam session) とは、本格的な準備や、予め用意しておいたアレンジを使うことなしに、ミュージシャン達が集まって即興的に演奏すること。ジャム、jam。特にこれを重視するバンドをジャム・バンドという。
wikipedia
私が参加しているバンドは大所帯の即興楽団だ。
ギター、ベース、ドラム、パーカッション、トランペット、トロンボーン、テナーサックス、ピアニカ、三線、アコーディオン、スティールパン、踊り。さまざまなパートが存在する。
曲のテーマやざっくりとした構成、核となるメロディ、段取りを決める人(ダンドリストという)はきまっているが、即興で音楽・舞踏が展開していく。
たとえば『ドラゴン』という曲では、舞踏のメンバーが終盤にむかって上へ上へと伸びあがっていくシーンがある。音楽はそのクライマックスにむかって、舞踏のその時々の動きや他のメンバーの音を見て演奏を即座に変えていく。
スネアドラムの細かい刻みがクレッシェンドしたり、管楽器の音がぱーーーんと強く響いたり、ギターの音は音が上下さまざまな高さに変わったり。
ダンドリストが拳を振りおろすアクションをすると、天へ体を伸ばしていた舞踏のメンバーが倒れる。フォルテシモだった音が、一気に消え去る。
皆、メンバーの音や体の動きをみて、自分のできる演奏をしていく。毎回毎回、まったく予測していなかった一つの音楽と踊りが織りなされていく。人と人との関わりあいによって、二度と生み出せない音楽をうみだせるところに、即興演奏のおもしろさはあると思う。
あるメンバーは「即興楽団は進化し続ける生物のようだ」と語った。即興楽団は体の内部や周囲の環境にあわせて、新しいものをとりこみ、何かを放出して形をかえていく生物の進化そのものであると。
何か一つの目標にむかって、常に形を変えながら進化をとげていく生物のようなチーム。おもしろいじゃないかと思う。
即興演奏の成立する条件
『体の内部や周囲の環境にあわせて、新しいものをとりこみ、何かを放出して形をかえていく』ために、即興演奏には必要不可欠な条件が二つある。
「まわりの音を聴く」こと、「音をだす」ことだ。
このあたり、メンバーの方が共有してくださったスライドがとてもわかりやすいのでシェアする。
彼女は語学でいうところの『聴く』と『話す』に即興演奏のコツを分類し解説している。
『聴く』こと
『聴く』=うまい人の演奏をきく、という点については
・同じ楽器の奏者の音をきく 例:ライブに行く、CDを聴く
・違う楽器の奏者の音をきく 例:演奏中のメンバーの音を聴く
かなあと個人的には考えている。
私の場合、同じスティールパンの奏者の方のライブに行くほか、ビブラフォンやマリンバの音が即興の参考になるなあと思って音楽をきいている。
あと、メンバーの音。管楽器やギターの人が主旋律をがんがん演奏しているときに弱音であるスティールパン演奏しても聞こえないので、引き立てのためのオブリガードを奏でたり、バッキングにまわる判断をすることが多い。他のメンバーの音が沈んできたら、一気に高い金属音をだす、倍音が響くようなフレーズぽい何かをひいてみて音を響かせる、とか。
『話す』こと
『話す』=音をだす、という点については、やっぱり自分のこれまでの練習量がベースになるとは思う。
スティールパンをはじめて5年程度たつが、私はスピーチを話す(楽譜どおりに演奏する)ことはできても、会話する(即興で演奏する)ことはすごくつらかった。4歳から音楽をやってきてるけど、26年間、ずっとスピーチ的なアウトプットしかしてこなかったから、どーやって会話するのかさっぱりわからなかった。
だけど、会話のスタートは私が想像していたものよりずっとシンプルなものだった。
1.外れても大丈夫、思い切って音をだす
2.1つの音だけでリズムを変えて演奏
3.1つ2つと段々音の種類を増やしていく
4.同じフレーズを繰り返すのもあり
「アドリブ入門Vol.1 まとめ」より
まずは1つ、自分がだせる音をだすこと。
「ドという1音、ドとレという2音だけでもセッションはできる!」吉祥寺にあるFTJSというジャムセッション講座でもずっと同じことを言い続けていると思う。
『聴く』と『話す』を繋ぐ環境
『聴く』ことで周囲の環境を感じて次にどうするかを考える。『話す』ことで新たな環境へ歩みだし、外部環境へ影響を与える。これが即興演奏の成立条件だ。
あと同時に、即興演奏を土台で支える環境も大事じゃないかと思う。『聴く』『話す』技術のレベル差があっても、仲間を否定しないという意識だ。
ジャムセッションではレベルの差があって当然だと思う。音楽初心者も、プロ級のミュージシャンも、一つの音楽を楽しむためにできることをしあう・・・それが即興演奏の難しさ、そして面白さだと思うのだ。
web業界に生きる理想のチーム
さて、web業界のチームにおきかえて考えると。
- 『聴く』=同じチームメンバーの毎日の状況を知る、プロジェクトについて会話する、メンバーの成果物を積極的に見る、意見を交わしあう、等
- 『話す』=プロトタイプでのテストをメンバーと一緒にする、自分の成果物をどんどんメンバーへ見せる、メンバーがカバーできない領域を自分が担う、自分の担う領域を固定しない 等
- 『聴く』と『話す』を繋ぐ環境=メンバーの仕事を信頼する、レベルの違いがあったとしてもできる部分を信頼してまかせる 等
とかなのかなーと思う。
私はエンジニアさんが好きだ。なんか知らんが好きだ。尊敬している。たとえるなら、野球で甲子園目指している野球部の人を応援して、陰でこっそり「いつか甲子園で応援しながら演奏したいわ」と眺めている吹奏楽部の女子状態。
同僚の優秀なエンジニアさんに「あなたはwebディレクターに何を求める?」ときいてみたことがある。
「△△くらいは自分たちで組めるようになってほしい」「エンジニアのことを理解して進行には○○で気をつけてほしい」という言葉がかえってくるかなと思っていたら。
「自分ができないことをしてほしい」といわれた。
一緒にキャッチボールをしてほしいわけではない。
マネージャーのように野球を手伝ってほしいわけでもない。
だとしたら、吹奏楽部ができることって、選手を信じて声と音楽を張り上げて、精一杯応援することなんじゃないだろうか。
webディレクターの私の場合。自分にできることは、定量的分析・定性的分析を行い、少しでも成功率の高く実現性の高い施策をだしてデザインの現場をひっぱっていくことだ。
分析の合間や施策決定までのプロセスではチームに都度相談して『聴く』し、そうしてだされた施策は私独自の音として『話す』ことになる。施策は私の手からデザイナー、コーダー、エンジニアさんの手に渡り、サプライチェーン側の人間を介して一つのサービスの変化へとつながる。
そして、ユーザーの手に届く。ユーザーの反応を『聴いて』、私たちは次のサービスを考える。
私のにとって理想のチームは、内部環境や外部環境に応じて変化し、価値を常に生み出し続ける姿そのものだ。
皆が楽しみながら一つの空間を創りつづけるジャムセッション。
進化を絶え間なく続ける生き物。
今、関わる案件の全てがそういうチームではないけども。少しずつそうしたチームを作っていけたらいいなーと思って「会社の仕事をジャムセッション化する」という気持ちで仕事に臨んでいる。
明日もきっと、誰かから予想外の音が飛び出してくると私は信じている。
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