黒須教授の「UXデザイン教からの脱却」を読んで、かつ知人の@hii1969さんのこんなツイートを読んで、色々また考えせられた。
Web業界で、「UI/UX」っつって、この2つが同列のように書かれることが多いのも、大いに違和感があるんだけどね。UXはUIよりも、はるかに上位の概念だろうに。さらには、Web上だけで済むような話では、まったくないし。
— い (@hii1969) 2014, 6月 2
ユーザーの体験において、UIにふれるのは、ほんの一部の時間だ。
「UI/UX」と並列に書いたら、「それは違うよね・・・」とみなされる風潮ではあると思うんだけど。
じゃあ、この違和感がある「UI/UX」という言葉はなんでうまれたんだろう?
なんでwebデザイン業界では並列に使われてきたんだろう?
そんな問いがふと頭によぎった。
同時に、自分の現場感覚でこの言葉が流行る理由についてもわかる気もした。
というわけでwebデザイン業界で「UI/UX」という言葉が流行った理由を、現場視点から書いてみようと思う。
※なお、これは私(とその周囲)の体験に依存するもので、業界全体とはいえないかもしれない。学術的な視点でもないので、この点補足や意見があればぜひいただければと思う。
※実は私もUIとUXをブログでも並列表記はしている。web上の体験だけじゃない話とかも書いたり、操作面だけに絞った話したりとか、色々論点ありすぎるのでごった煮カテゴリと化している(笑)
web業界で「UI/UX」という言葉が流行った理由
個人的には以下の3つの動きかなーと思う。
- フィーチャーフォン(携帯)からスマートフォンへの、モバイルデバイスの変遷
- ソーシャルゲームの台頭にともなう人材の移動
- webデザイン業界がレッドオーシャン化したことに伴う、価格下落抑止・付加価値創造
フィーチャーフォン(携帯)からスマートフォンへの、モバイルデバイスの変遷
2008年にiPhone3G、2009年にiPhone3GSがでてからというもの。
日本における携帯電話市場は一気にスマートフォンに舵をきってきた。
自ずと2009年頃から「スマホ用サイト」がwebデザインの対象となってきたのだ。
携帯電話(フィーチャーフォン、以降「ガラケー」と呼ぶ)、スマートフォン(以下スマホ)、PC用サイト。
2009年~2011年頃は、この3つのサイトいずれも制作していくこととなり、ガラケーサイトをスマホサイト用にコンバートするサービスも一定のニーズがあったように思う。
しかし、スマホユーザーの増加、HTML5・CSS3の技術の普及、スマホ端末のスペックアップにともない、デザインする人間も気づいたはずだ。
「ガラケーサイト、PCサイトと同じ考え方じゃ、スマホサイトは作れない。もっと作れるはず」と。
親指や人差指でタップするという操作。
フリックする。スライドする。ピンチイン。ピンチアウト。
GPSで今いるところを入力する。
滑らかなアニメーションを見る。
javascriptも満足に使えないガラケーのHTMLに比べ、スマホを支える技術(HTML5・CSS3やアプリ)ではいろんな表現ができるようになった。
今までキーボードと、画面が離れていたけど、スマホではキーボードと画面がくっついた。
画面を触る、という体験そのものが、ユーザーインターフェースの主流に躍り出た。
もちろん、昔からタッチパネルのUIは存在していたとは思う。
例えばカラオケ屋さんのデンモク。
だけど、それは毎日ユーザーが触れるものではなく、カラオケの部屋などの限定的な領域でのみ利用されるものだった。
それがいきなり、操作という体験も考えてデザインする必要が発生したのだ。
また、携帯電話各社の電波状況の改善も、多くの人がスマホを触る体験を増やしていった。
首都圏にいる多くの人が、通勤通学の最中、電車や地下鉄の中でスマホを触るようになった。
PCとスマホ、二つの画面を毎日行き来して、情報を調べたり、ものを買うことがあたりまえになってきたのだ。
同じコンテンツでもデバイスごとで違うデザインが求められるようになるし、デバイスをまたいだサイト設計というのも求められるようになってくる。
画面を操作するという体験=ユーザーエクスペリエンス。
そう強烈に結びついたのも無理はないと思う。
だがその半面、ユーザーが画面と向き合う時間=ユーザーエクスペリエンス、とみなされるようになったのではないだろうか。
ソーシャルゲームの台頭にともなう人材の移動
スマホの台頭とともに、ソーシャルゲームの世界も変わってきた。
携帯電話でのブラウザゲームを主戦場としてきたソーシャルゲームが、スマホ化にともない、今度はスマホでのブラウザゲームにも力をいれてきたのだ。
たぶん時期的には2010年から2013年頭くらいまで。
多くのweb制作者が、この時期に制作会社を離れ、DeNA、GREE、他ブラウザゲー制作会社に移動した。
だってお給料よかったもの。
HTML5とCSS3を書ける人ががんがん採用されてソーシャルゲーム界隈に囲いこまれていった。
ソーシャル特有のイベント等をおこしてガチャ回させて決済させるなど、他の日常体験との時間/金の奪い合いはあるけども。
ソーシャルゲーム業界におけるユーザー体験は、「ユーザーがゲームをしている間」だ。
この文脈で、ユーザーエクスペリエンスはソシャゲ制作の人々(元web制作者)で語られるようになったのではないだろうか。
ユーザーエクスペリエンス=ユーザーがゲームをしている間=画面をさわっている間。
すなわち、ユーザーエクスペリエンス=画面をさわっている間。
ゲームにおいてそれはまあ正しいんだけど、その概念を他のデザインにも応用してしまったのではないかと思う。
webデザイン業界がレッドオーシャン化したことに伴う、価格下落抑止・付加価値創造
デバイスが増え、デザインする領域が増えてきたとはいえ。
webデザインは単価下落に歯止めがかからなくなってきたことも事実だ。
理由は以下のとおり。
・参入障壁が低く見える
・ノウハウが広く、速くシェアされやすい
・制作物という点だけにおいて、デザイン作業が定義されてしまっている。
・効果が一目瞭然ではなく、評価しづらい。
・需要(発注者)と供給(制作者)のうち、現状では供給が多い
なぜwebデザインは「安い」ようにみられてしまうのか? -webサービスにおける、webデザインの費用対効果(1)
当然web制作会社や個人事業主だって手をこまねいているわけではなく、生き残りをかけて何かをアピールしつづけてきた。
その中で、「UX」という言葉は使いやすかったんだと思う。
「画面をさわって体験するという感覚を表現する」部分に論点をおいて、webデザインをする立場の人たちが商売していくためのアピール要因としての利用もされているように思う。
痛切に感じたのは、CSS nite UI/UXの会での、秋葉ちひろさんのプレゼンだった。
秋葉さんは、「ツクロアのスマホサイトのデザインは、iPhoneで触るとメニューがババロアのようにぷるんぷるんとなる」と語っていた。
正直、「節子、それUXちゃう、単なる装飾や!!」とつっこみたい気持ちでいっぱいだった。
・一定のユーザー数がいるはずのアンドロイドユーザー触ってもどうにもならないじゃん…
・iphoneのユーザーがそれを触ったことで、どんなメリットがあるの?
・ていうかそのぷるんぷるんのデザインは何のためにあるの?
・触った後のユーザーの行動に何か影響もたらすの?ブランディングだとしたら半数近くのユーザーをすててるのはありえないのでは。
UXデザインではないし、UIデザインでもないし、ブランディングでもない。
単なる装飾だよね。と思った。
—※2012/6/8追記—
ここで論じられているツクロアのスマホサイトの件について、「彼らも理解しており、前面にだそうとしていない」とCSS niteの鷹野様より補足をいただきましたので、ここに追記いたします。
—追記ここまで—
私は新卒で制作会社に勤務してから、ECサイトや住宅販売サイトなど、サービス系のUIやコンテンツを制作する機会を多くいただいていた。
関わったコーポレートサイトも、「環境にやさしいという会社の体制をアピールしたい」など、強くブランディングが求められるものが多くて。
だからこそ。
「制作会社にいては、サイトの数値分析や定性的分析ができない。サイトを作る根拠ってなんだろう。」
「ディレクターやデザイナーの自己満足かもしれないものだったらどうしよう。」
「ほんとに私のつくるものは、ビジネスの役に、ユーザーの役にたっているのかな?」
そんな不安にかられて、事業会社に転職をした。
現在は事業会社で、旅行のECサイトのwebディレクター。
自ずと「デザインには必ず目的がある。デザインの価値は装飾ではなく設計で認識されるべき。事業の目指すところをデザインで実現する。」というスタンスを論じるに至った。
そんなスタンスだから。
ある一部の制作会社の人が語るUI/UXが、ときに装飾についての言及とか、ビジネスについてガン無視な発言だったりすると、単なる「ぼくのかんがえるイケてるデザイン」のアピールの一つにしか思えないこともあった。
外部発注者へのアピールの一つ。
発注を受けるための、流行語。
ファッションとおんなじ。
「(流行ワードの)○○を満たせば、他制作会社と差別化できる」という、制作者側の都合。
もちろん制作者側のデザイン価値に対する、有効なアピールは多々あると思う。
ソーシャルの運用についてふみこんだメンバーズ、アクセシビリティとかユーザーリサーチルーム設けてセミナー等開催しているミツエーリンクス、常駐からオフショアまで組織体制で多くのデザインの現場を支えるIMJ。
たにぐちまこと氏のように、マカロン本を執筆するなど、技術普及に尽くす方々。
そうしたアピールは難易度が非常に高い。
画面をさわることがほぼイコールでUXと仮に誤認したまま話を進めるなら。
ユーザーインターフェースがすなわちUXとなるのだから、世のスマホ普及と相まって、「UX」というワードは制作者や営業、誰にとっても非常に用いやすいワードだったのではないかと思う。
どう考えても悪いことはいってないし。
その結果、バズワード化して、なんかよくわからんことになっているのが今。
このまま一過性の流行として廃れるか、そうならないか、瀬戸際だと思う。
事業会社の現場からできること
UXのデザインだろうがUIのデザインだろうが装飾だろうが。
私はなんであれ、自分の作るデザインで、ビジネスが儲かってほしいし、ユーザーの役にたってほしい。
だから、組織の意思決定に深く関わり、数字的な根拠、定性的な根拠をすぐにだせる現場で、デザインの価値を訴え続けるしかないんじゃないかなーと思う。
「ユーザーテストの結果、改善点はABCだけどビジネスインパクト的に大きく工数少なくていいAからやろう」
「施策実施した結果、突破率が○%上がった、CVRが○%上がった」
とか、組織内でユーザーテストや定量データの仮説、成果のよしあしを伝え続けているのも、結局は自分の信念ゆえだ。
最初は時間やお金をかけることがなかなかできなくとも。
現場で少しでもデザインの価値が認められれば、組織内で時間とお金をどんどんだそうという風潮にはなっていくと思う。
制作のスキルをもった方々へ、もっとたくさんお仕事を発注できるようになる。
一緒に働くことができるようになる。
丸なげしない。デザインを支える根拠を考え抜く。効果測定して次の手を考える。
webデザインを支える柱の一つは、そうした事業会社側の人間の、現場における「論理的で科学的な」一つ一つの取り組みではないだろうか。
最初は小さいプロジェクトかもしれないが。
「論理的で科学的な取り組み」を続ければ、やがて成果=デザインの価値が認められてくる。
お金や時間をかけたユーザーリサーチ等のマーケティング施策は組織内で必須とみなされ、「どうやれば画面の外のユーザーの体験を変えられるんだろう?」という問いにいきつくはずだ。
学術的な権威を用いての価値向上とか、受注のための差別化はぶっちゃけどうでもいい。
「これって、ほんとにユーザーのためになってるのかな?」
そんな問いをから、たくさんの問いをたてて、私は現場でデザインをつくっていきたい。
この現場の積み重ねが、デザインの価値向上と、ユーザーの体験を大きく変える事業に繋がると信じている。
CSS Nite司会の鷹野です。
「ツクロアのスマホサイト」の件、ご指摘のあたりは、彼らも理解しており、前面に出そうとはしていません。
ちょっとした話題として、私から引き出したものでした。
ミスリードしてしまった非は自分にあります。
鷹野様
お返事おそくなり申し訳ありません。
本筋ではないという点、補足ありがとうございました。
この点、記事に補足いたします。
はじめまして、流れ流れて、ここにたどり着きました。
エントリーに共感しまして、コメントしました。
UI・UXはユーザーが関連しますがまったくフィールドは違うと思います。
そして、デザインの言葉も広域過ぎて、よく分からなくなっているんだと感じます。
弊社もデザインは事業の手助けだと思っており、UXは事業を通しての体験を作り上げる事だと考えています。
こうやって考えている人が居るんだな、と思ったので、コメントさせてもらいました。