webディレクターの阿呆な研究

Read Article

前には進むけど、横には広がらないプロジェクト

img_hato「ワークキャンプにでない。国に帰る。」
町役場に表敬訪問した後、キャロラインはそう言って、宿舎の部屋にこもってしまった。

何度も何度も東京から東北へ足を運び、打ち合わせを重ねて開催に至った、国際ワークキャンプ。
ボランティアのリーダーを務めるのが初めてだったけど。海外の青年を受け入れて、即興で小学校の国際交流の授業を作るというミッションに私はとにかく燃えていた。
活動内容を理解し、応援して受け入れてくださった役場の方々―そんな方々の前で、メンバーにやる気のない発言をされるなんて。

「ボランティアする気ないなら、帰ってよ」
町役場の方へ謝りに行く時、私の顔は真っ赤になっていたと思う。
拳を握りすぎて、爪のあとが手のひらについていた。

それから10年後。
やっぱり私は、おんなじような状況を生み出してしまっている。
プロジェクトを前に進ませようとするあまり、まわりを切り捨ててしまう悪い癖。

前には進むけど、横には広がらないプロジェクト。

組織内で、時に人の心を追い込む正論の存在

「定量・定性分析を行い、施策へ落とし込み、優先順位の高いものから実施して成果を測定する。この一連の流れをスピーディーにまわし続ける。」これが私のデザインのモットーだ。

納品すれば金が入るというweb制作会社でもない。
旅行の知識が他の人より豊富なわけでもない。
単価が下がり続けているweb業界、旅行業界において自分とそこに関わるサービスが生き抜いていくには、デザインの質とスピードを担保していくしかないと思ってる。

デザインをしていく組織についても同様だ。
そう思って、ここ半年で社内でユーザーテストについての勉強会、ワークショップをやってきた。
皆がユーザーの気持ち、動きを、理解できるようになって、施策をだしていけるように道を整えてきたつもりだった。

でも、みんながみんな、そういう思いではないわけで。
「組織に必要」という正論は、言わずとも理解して共感している人は動かせるけど、その価値をそもそも知らない人にとっては劇薬だ。
ともすれば、「組織に必要なものに完全に共感できない=自分は組織に不要なんじゃないか」というところまで、人を追い込む。

だけど、二十歳の私は、そんなこと考えもつかなくて。
当時のワークキャンプ運営のNGO事務局長に、どうしたらいいかわからず電話をかけた。

「気持ちのシェア」

当時のことを記録した日記ではこんなことを書いていた。

当時のベテランの事務局長が電話に出た。
彼は私の話をゆっくりゆっくり聞いてくれた。
そして、彼は一連の経緯を聞いた後、こういった。

「まず、その子の話をきいてごらん。そして気持ちをシェアしようよ。
英語ができなくても大丈夫だから。辞書でも、紙でも、なんでも使ってさ。
まず、その子を理解してあげようよ。」

あ、と思った。
私は、その子の話さえ、ちゃんと「きいて」いなかったのだ。
英語ができない私は、正直その子の話す英語のスピードについていけず、間接的に通訳してもらってしか、その子の話を聴いていなかった。

その子が心から考えていること、私たちに伝えたかったこと。
何一つ、私は気づこうともしないで、その子の言う言葉を聴いては、ワガママときめつけていた。
理解しようともしてなかった。

自分の掲げる目的にだけ目が行って、理解しようともしなかった。

恥ずかしい話なんだけど。
今もつい、人の気持ちをおきざりにして、目的へ突き進もうとしてしまう。

私は担当プロジェクトにおいては、上司、エンジニア、デザイナー、コーダー、サプライチェーンのメンバーに恵まれており、同じ目標へ早いスピードで突き進むことができてると思う。
そのプロジェクト進行は、体力的には辛くても、無茶苦茶おもしろい。

この人に私のワイヤーフレームを手渡したらどうなるんだろう。
どんなサービスができるんだろう。
誰かのエンジニアリングにあわせて、私もワイヤーフレームを書きかえる。
それはジャムセッションで、思いもつかない音がとびでて、世界が目まぐるしく変わる感覚に近い。

音楽は、「一緒にやりたいと思う」人とやればいい。
所属する場所も、誰とやるかも、目標も、何に共感するかも自由だ。
だけど、会社という組織においては当然制約がある。
会議で発言をしない=ジャムセッションで音をださない人すらいる場所だ。

個人で好きでやってるジャムセッションだったら、ただその人と演奏しなくなるだけだ。
会社でも、育成前提でなければ、その人がやりたくなる時まで放っておけばいいだけだと思う。
でも育成、組織全体での底上げを考え始めた瞬間、放っておくことはできなくなる。

「ねえねえ、あなたの音ってどんな音なの?」
「あなたはどんな時に、音をだしたいと思う?」
「私はどうやったら、あなたが音をだすためのサポートができる?」

「あなたは、今、どんな気持ちでステージにたっているの?」

気持ちのシェア。
そこから、ステージを作る必要がある。

「気持ちのシェア」からうまれる持続可能性

仕事が忙しくなればなるほど、自分の仕事のスピード、質、ともに上がってきた。
労働時間も鑑みれば、1人月を1.5人月くらいに拡張はできるんじゃないかと思う。
(人月計算はナンセンスだと思うけど、とりあえずここでは便宜上の例ね。)

だけど、自分一人が+0.5人月になったとこで、組織がものすごく変わるわけではない。
せいぜい変えることができるのは自分のプロジェクトだけだ。
また、その労働時間で働き続けたらいつか倒れる。
持続可能性は、ない。

だけど、10人いる組織で、1人月を1.1人月の質にすれば。
トータルの工数は1人月増えるし、一人が0.5人月がんばるより総力多いし、なんてったって無理はないし、持続可能だ。
デザインに関わる組織全体、サービス全体の底上げを考えるなら、持続可能な方法で続ける必要がある。

宿舎についたらすぐ、電子辞書と紙とペンを用意して、
キャロラインの部屋に向かった。
会話をさえぎりまくっては、単語の意味を聞いた。
辞書を指差しながら、紙に思いを書いた。

何を話したか、細かい英語の内容はもう憶えていない。
でも、キャロラインの抱えていた日本での孤独感、
食べ物や生活パターンが合わなくて苦しかったこと、
通じないことへの苛立ち、さみしさ・・・・
それが帰りたかった理由だというのを全身でかんじとった。

そうして話した後、二人で共有した気持ちはありありと思い出せる。

通じ合えた、という充実感。

その後、キャロラインは日本で買ったキティちゃんのお箸で日本食をたべるようになっていた。
キャンプのメンバーともだんだんなじんで、笑うようになっていった。

私一人で生み出せなかった何かが、生まれる瞬間。
それは、切り捨ててたら見えなかった世界だ。

前へ、そして横へ

人の気持ちを当たり前に考えられる人だったら、たぶん私がここで書いてるのよんで「三十路超えてこいつバカじゃねーの」と感じると思う。
自分でも、年齢の割にそこが弱いのはそりゃーもう痛感・・・

だからこそ、忘れちゃいけないと思って、改めて10年前を思い出して、ブログを書こうと思った。
きれいごとかもしれないけど。
「気持ちのシェア」をできたあの瞬間を思い出して、周囲とコミュニケーションとっていかないと、組織は続かないし、そこに所属する自分も続かない。

あのときは、自分一人でしか「伝えるものづくり」ができなかった。
10年たって、共感するプロジェクトメンバーたちをまきこんで「伝えるものづくり」ができるようになった。
だから次の10年は、組織でデザインしていく、みんなの心をまきこんで「伝えるものづくり」を広げていくターンにしていこうと思う。

前へ、前へ、前へ。
横へ、横へ、横へ。

きっと新しい世界が開いていって、自分一人じゃつくれないものを作っていけるようになる。

#付記:ここでの人名は、実際の人物とは変えている点ご了承ください。

URL :
TRACKBACK URL :

Leave a Reply

*
*
* (公開されません)

Facebookでコメント

Return Top