ビジュアルファシリテーターの阿呆な研究

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納期中心デザイン・KPI中心デザインの現場で、UXデザイン(人間中心デザイン)をするということ

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UXデザインを学び始めると、転職したくなる。
UXデザイン関係の勉強会でお会いした方や、産業技術大学院大学人間中心デザイン履修証明プログラム(以下産技大)で学ぶ仲間、常に誰かしらから「転職しようと思う」という声をきく。

なぜ多くの人が「転職しよう」と思うのか。
それはUXデザインが組織論だから。
組織は簡単には変えられないって現場にいると痛烈に感じる瞬間があるから。

UXデザインは、組織論だという結論は間違いないと思います。僕もそう思います。
それはfumiyaさんが指摘しているとおり、UXデザインが一番パフォーマンスするのが要件定義やプランニングのフェーズであり、それはサービスや事業においては事業戦略やビジネス計画のフェーズと言えるため、よりサービス開発の上流からコミットメントすることが理想と言えることは間違いありません。ただ、「デザイナー」というタイトルがほとんどの組織では狭い解釈になりすぎていたり、デザインプロセスへの理解が足りなかったりするために、それを高めようとするときに組織的な理解が必要になる、という理解なのかなと思っています。
組織の中で実践するUXデザイン より引用

納期中心デザイン、KPI中心デザインの組織でUXデザインを行っていく難しさ

「UXデザインの工数ください」と叫ぶことの限界

きっとこのブログを読んでいる多くの方が所属している組織は、納期中心デザイン、もしくはKPI中心デザインで動いていると思う。
かくいう私も同じ。
自社は『旅行』という商材上、サービスリリースのタイミングが生命線ゆえ納期命だし(詳細はこちら→ユーザー中心デザインの導入vs納期 -仁義なき戦い-)、所属する会社の文化は超数字中心。

そんな中で、「いいものつくりたいから、ユーザー調査に○人月かけさせてくれ!」と、UXデザイン工数確保を現場で叫んだところで、通じるはずがない。
だって、組織的な意思決定をする人たちの中で、UXデザイン工数をかけてうまれる成果・見通しがたたない状態なんだもの。

「工数くれ」と叫ぶだけでは、組織は変わらない。

叫ぶんじゃなくて、現場で体をはって証明する

じゃあどうするのがいいのか。
こたえは一つで、「組織的な意思決定をする人たちの中で、UXデザイン工数をかけてうまれる成果・見通しがたつ」ように現場が動くことだと思う。

最初はまずユーザーテストをはじめる。
ユーザーテストの結果を分析して、改善につなげる。
改善の成果を数字(CVRなど、KPIで説明できるもの)で証明する。
結果は関わったプロジェクトメンバー皆に伝える。
当然、納期は絶対に守る。
その繰り返し。
その面倒くさい繰り返しの中にこそ、組織へ伝わる『成果・見通し』は存在するのだと思う。

例えば自社でいうと。KPI中心デザインかつ納期中心デザインだけども、裏返すと「KPIの目標値達成するための施策で、納期を守れば何をやってもいい」という文化だ。
だから私は、関わった案件に割と勝手に(認められる範囲で)ユーザーテストを足して、改善の設計をしていったところ。
関わる案件のけっこうな割合でCVRが上がり、数字的な成果がでるようになった。

もちろん失敗もあったけど、成功も失敗も組織内で伝え続けたところ。
組織内ではユーザーテストの認識度が上がって、常に開発とセットで行われるように組織が変わっていった。
また、事業開発について非常に推進力のある上司と一緒に仕事を進めるようになったことで、今はユーザーインタビュー→モデリング→設計→ユーザーテスト、というUXデザインのプロセスがようやくぐるぐるまわりはじめたところだ。

決してモダンな開発現場ではない旅行会社で、このプロセスがぐるぐるまわりはじめたというのは、とても価値があることだと私は思ってる。

体を張った後は、組織へ定着させていくパワーが必要

とはいえ。その反面、労働時間も増えた。
通常のUI設計のフローや進行管理に加え、さらにユーザーテストやインタビュー、モデリングを行っているから当然だ。
一部の案件では、私の進行管理が雑になり、エンジニアに大きな迷惑をかけてしまったりもした。
この状態は持続可能ではないなとも痛感した。

自分が組織内のUXデザインフロー確立に携われたのは、ひとえに運がよかったことに尽きる。

  • 30代前半でそこそこ健康で、遅くまで働くことをよしとしてくれる夫がいたこと。
  • 同じ会社に5年間勤めており、自社サービスの仕組みへの理解があるがゆえ、要件定義やUI設計が最短の時間で行え、UXデザインの各種業務に投入する時間が作れたこと
  • 組織で誰に何をアプローチすれば、状況が動くかを把握していたこと。
  • 社内で良くも悪くも信頼貯金があったこと。(※「あいつは空気読まず暴走するけど、空気読まないがゆえに案件まかせりゃどうにかするだろ」的な信頼貯金…)

この状態を自分が続けることも無理だし、ましてや誰かに再現を求めるのも無理だ。
だからこそ、組織の中でUXデザインのプロセスをより回していくには、進行管理や定量分析、UI設計の業務のスピードアップはもちろん、UXデザインの仕事も手早くできるようにする必要があると痛感した。
調査も、企画も、設計も、ユーザーテストも、そして組織内合意形成も。

もうひとつ。
組織で一緒にプロセスをまわしていく仲間を増やしていく必要がある。
これは来年、2015年の課題だ。

じゃあ自分の今の組織で、UXデザインやってみる?

たぶんここまで書いて、自分の組織で「じゃあやってみよう」って思ってくれる人がいたら嬉しいけど。
そう思ってくれる人はまれじゃないかなーって思う。
相当精神的にも体力的にもパワーを使うし、時間も使うし、成功するかどうかなんてわからないから。

たぶん多くの人が、今いる組織を見なおして、そのパワーを無意識にも計算した結果。
「転職のほうが効率いいんじゃないか」と直感的に感じるのではないだろうか。

誰かのために、何かをひとと一緒につくるという幸せ

『誰かのために、ひとと一緒に、つくることの楽しさ』

私が産技大で人間中心デザインを学ぶ中で得た一番大事なものは『誰かのために、ひとと一緒に、つくることの楽しさ』
得た、というよりは、自分のなかで掘り起こされた、といったほうが正しいかもしれない。

もちろん、会社でだってデザインやサービスは作ってたし、相応に楽しかった。
だけど、産技大で仲間と学ぶ中で一緒にアイディアを発散・収束させ、合意形成し、省察するプロセスは、信じられないくらい楽しかった。
自分がだしたアイディアから人のアイディアが重なって、予想外のものが無限に生まれる楽しさ。
飲み会苦手で基本ひきこもりの私ですら、毎回授業後の飲み会に行きたいと思わせるくらいのパワーがそこにはあった。

その楽しさの根源は、『ユーザー(人間)』だと思う
UXデザインは、ユーザーの利用状況を理解し、要求事項を明示し、設計・評価する。
みんな学ぶにつれてそれを体で得て、『誰かのために』作る楽しさを思い出す。
それをみんなでワークショップ形式で作ってみると。
なぜそうなったかという意思決定プロセスが見え、納得感あるから皆のモチベーションがものすごく高くなる。

一度この楽しさを味わうと、急にこれまでの自分のデザイン方法や現場が色あせて見えがちだ。
ユーザーを見ないで何かを意思決定することに納得がいかなくなる。
会議で数字が並んでる書類だけを見て、皆がうつむいて、時に居眠りしてたり、スマホをいじっているのにイライラする。

だから思うのだ。
「転職したい。」って。
あの楽しさを自分がとりもどすために。

おいしい料理を作るコツ

楽しさをとりもどしたい、という気持ち、私はものすごくよくわかる。
だってその気持ちは、自分が料理をするときの気持ちと同じだから。

おいしい料理を作るコツは、作る人の反応を思い浮かべて「おいしくなれー」って思い続けることだ。
それは家族でも、友人でも、彼氏彼女でも、お弁当ならば未来の自分でもいい。

料理というのは、玉ねぎをみじんぎりにしたり、にんじんを千切りにしたり、だしをとったり、沸騰しないよう火の具合を見守ったり、とかく地味な作業が多い。
課題分割をしていくと、地味な作業の積み重ねが毎日の料理になっていることがわかる。(
課題分割と進行管理(単品料理作れるけど献立作れない問題の解決策) 参照)

なんだか大変そうだけども。
でも、その「おいしくなれー」の積み重ねが毎日できるのは、毎日食べてくれる人がいるからだ。
「おいしい」っていってがっついてくれたらうれしいし、意図せぬ食べられ方をしたら仮説検証して改善案を考える。
(例:夫が煮物食わない→煮物の何がいやかを検証→「固いパサついた肉が苦手」「練り物系があまり好きじゃない」とヒアリング→肉がジューシーな煮物を作ろう方向へ走る)

この人がいるかどうか(自分が認識してるかどうか)って、ものづくりのモチベーションにものすごく影響を与える部分だと思っている。

完璧なフローでなくてもいい。家庭の味がある、楽しい現場にする

結局我が家では、ジューシーな煮物へまだまだ到達できず。
肉じゃが等の煮物の出現頻度は結婚当初よりずいぶん減って、練り物ラブで煮物好きの私としては若干物足りないんだけども。
なんだかんだ試行錯誤してきた結果、とりあえず毎日ごはんはおいしいと思う。
うちにしかない、家庭の味だ。

会社の現場も同じで。
理想のプロセスを思い描いても、必ずぜんぶ実行できるとは限らない。
でも、試行錯誤していけば、その現場にはまる独自の味がでてくるのではないだろうか。

たまにちょっと甘すぎたり、塩が足りなかったり、ブレて失敗もするけど、それすらも味になる。
台所に立って料理をする間も、食卓をかこむときも楽しい。
私はみんなと一緒に台所に立ちながら、そんな現場をつくっていけたらいいなーと思ってる。

—–

この記事書いててあらためて感じたこと。
私が会社で目指す位置は、家庭のためにごはんをつくる「おかん」なのだ。

台所(=現場)でごはんをつくる。
ごはんをつくるために、家計・家族の状況・栄養(=ビジネス・定性分析・定量分析)を考える。
時に手抜きで美味しいものをつくる(=理想のプロセスじゃないけど成果でるよう案件仕上げる)。
できるだけめんどくさくないよう洗い物減らし、食器を洗って片付ける(=技術的負債を返す)。
家族もまきこんで料理を教えて自立できるようにする。(=教育)

素敵なレストランみたいなところから「うちで料理やってみない?」というお誘いは数件いただいており、中には超大手のレストランなんかもあって、それはとってもとってもありがたいのだけども。
やっぱり私は、自分のもちえる力は家の中でこそ発揮できると思っているし、台所で家族のために作りたい。

素敵なレストランで作っている人たちや、料理教室をやっている人たちから学ぶことは本当に多々ある。
そんな人たちと話しながら、これからも何かをうみだせていけたらよいなと思う。

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Comments & Trackbacks

  • Comments ( 2 )
  • Trackbacks ( 0 )
  1. こんにちは。

    はじめまして、いつも楽しく拝見させていただいております。

    私は、旅行比較サイトのマーケティング担当をしております。

    御社とはかなり近い関係であり私自身も色々と苦しい思いをしており、
    私自身はUXが専門ではないのですが、恐らく同じなんだろうなと感じております。

    「叫ぶんじゃなくて、現場で体をはって証明する」

    上記フレーズにとても共感しております。

    私の場合は、マーケティングなので、どちらかと言えば広告やSEO・各種分析が主戦場になりますが、よりよりものにしていく過程で生じる納期・リソース VS クオリティの戦いは本質的には
    どの分野でも起こっているものだと感じています。
    私自身も現場で成果を証明してから初めてマーケティングチームが認められた経験があり、
    まずは新しいことや認められるためには、まずは何より成果を出すことが肝要だと思っております。

    以上、長文失礼いたしました。

  2. 井上さん
    コメントありがとうございました。
    同業の方に共感いただけて、とてもうれしいです!!
    『まずは何より成果を出す』ってほんと大事ですよね。
    自分がやりたいことの前へふみだす力になるのは、成果=社内での信頼貯金なんだなーと痛感しています。
    旅行関係、色々な縛りやステークホルダーが多く、成果をだすのって大変な道のりですが、お互い頑張りましょう!!

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