webディレクターの阿呆な研究

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多様な人が集まる場をどうつくっていくのか?ということを、即興演奏のライブから考える

4/29(土)江古田バディで開催された三共江 其之参 〜参年目の浮気〜 という、とんでもない名前のライブに出演してきました。
無事に終わりました。
(余談ですが、ライブ中に外に出たら、妙齢のおばさま達から「三年目の浮気ってどこですか?」と聞かれて、すげえ質問だなオイと感じました。もちろんお客様です。)

即興演奏で私が特に好きなのは、『本番』。
楽器演奏をしている身として、オーケストラであれ即興演奏であれ「本番には魔物がいる」と思っているのですが。
その魔物をどう飼いならしていくか?というのは、デザインやファシリテーションをやっていくことでクリアになってきた部分があるなあと感じています。

まだまだ修行中の身ではありますが。
いくつか、ライブを重ねてきた中で、失敗したり、超絶かっこいい人をみてきた中で、自分の中にたまってきた部分を言語化してみようと思いました。
※このへんをより『場づくりwithグラフィック』におとしたものは、またBRUSHのブログに書きたいと思っています。

  • 「いま、この瞬間」を大事にすることと、身体性
  • 観客が「参加する行動を行いやすい」要因
  • 必要な表現スキルと、場で使う表現スキル
  • スキルの高低問わず『一緒に楽しんでいく』ために

「いま、この瞬間」を大事にすることと、身体性

「今、この場でこれをやったら、きっと楽しい!」
そうひらめく瞬間が、本番のステージでは何回もおこります。
このひらめき、事前に計画して実践すると超つまらないものになりがちなのですが、その場でえいやーー!!でやったことって「なんか知らないけどめっちゃパワフルでおもしろい」のです。

・なぜ、そのひらめきがおきるのか?
・ひらめきを、どうやって実施するのか?
というのが私のいつも考えている点。
終わった後の映像を見ながら「これはなぜ発生したのか?」を分析するのが好きです。

ライブの行動描き起こしをすると、「状況がかわった」瞬間前後に何がおきていたのかがわかります。
例えば、昨年8月に実施した、すみだストリートジャズフェスティバルでの青鯖(私が所属してるバンド)の一幕。
我が家の音楽通の夫が「おもしろかった!」と絶賛してくれた回です。

▼自由即興~拡声器起点に壊れて、次の曲に切り替え。
・25:00頃 ダンサー中心の自由即興、拡声器がステージ前方へ。
・25:17~ 曲『またね』が開始。拡声器がダンサーをおいまわす。
(中略)
・29:00 チューバソロはじまる
・29:16頃~ トランペット隊とダンサーが会話(前にでる相談?)
・29:28頃 ダンドリストの合図で、三線がリズムで入る。
・29:45頃 ダンドリストとトランペット隊とダンサーが会話(前にでる相談?)
・30:04頃 ダンドリストが小節頭でのリズムを提示⇒八分音符3つのリズムに変容

▼ステージ前方での行動量があがってくる
・30:11頃 ダンサーとトランペット隊一部がステージ前方にでてくる。ボーカルが歌い始める
・30:30頃 テンポが上がり始める。ダンドリストがトランペットを持ち出す
・30:39頃 ダンドリストがトランペットを持つ。主旋律(AB♭CB♭A AAA)に重なる音(CDEDC DDD)を吹く。
・30:50~ 前方で踊っている人が、ダンドリストの提示した八分音符3つのアクセントで踊る
・31:08 ダンドリストの指定により、三線のソロに切り替わる。沖縄音楽風に。
・31:16 「あいやいやさささ!」「イヤ!」という掛け声が発生、手拍子開始
・31:26 前方で踊っている人、部隊のトロンボーン奏者も自由に踊りはじめる

▼観客をまきこみはじめる
・31:41 観客がステージ前方にでて踊り始める
・31:49 ボーカルが三線奏者にマイクをむけたのち、自由にステージ前方で踊り始める
・32:22 トランペット隊がステージへ戻る。以降近似するリズム続く。
・32:52 笛のかけごえと同時に、リズムがサンバに変わる

▼行動量がさらにあがり、ステージ前方~後方エスカレーターでの演奏。観客があちこちで奏者を見て、奏者と観客がごっちゃに。
・33:07 トランペット隊が話した後、前方へ出る
・33:17 トランペット隊に続き、ダンドリストが楽器を持ち、管楽器など移動できる奏者中心にステージ前方へ
・34:00頃~34:45 全員ステージ前方~エスカレータにのり、また下り、戻ってくる

▼沈静~クロージングへ
・35:06 リズムがとまる、長い音中心になる
・35:25 全員が歌い始める
・35:46 トランペット奏者とダンドリストが会話
・35:55 『またね』終了。ギターソロイントロから曲『M』に曲が切り替わる。

このうち、事前に決まっていたのは、曲順と、『またね』が途中でサンバリズムとなることくらいです。
ステージ前方でのうごきや、エスカレーターでの演奏など、まったく計画はしていませんでした。
「いま、この瞬間」を見て、やることを相談して、次の展開を促し展開しています。

上記の書きおこしをみていると。
トランペット隊の会話、およびダンドリストの動きが、奏者の行動量を上げ、観客をまきこむ起点になっていることがよみとれます。
トランペット隊会話の起点となる奏者(天神さん)、ダンドリスト(池谷さん)は、プロの舞台にのることもしばしばあり、楽器や即興演奏は熟達者です。

彼らの「いま、この瞬間」のひらめきは非常に強力だなーといつも感じています。
場が滞留する一歩手前で気が付いて、声をかけ、周囲の行動量をあげる力。
その力は「どれだけ観客を見ているか、感じているか」が起点なんだと思うのと同時に。
一人でアクションするのではなく、複数人まきこんで、身体をうごかして実施につなげることが、場の全体の空気をかえることにつながる要素なんだろうなと思います。

なお、このライブにおいては『拡声器』のように、「どうみても異質でわけがわからない」存在が超目立つようにぶっこまれることで、注目せざるをえず、空気をかえるという手法もあります。
壊して空気を変える系。
注目度はすごいのですが、反面ずっとでっぱなしになると慣れてしまうという面もあるので、入り方は留意する必要があります。

一人でできることと、集団でやれること。
事前に考えること、その場で判断すること。
「いま、この瞬間」をみて、身体を使ってうまくくみあわせて形にすることで、視点が単一にならずばらけて、見ている側もやってる側も「先が予測できない」「パワフルでおもしろい」ものができるのだと私は考えています。

観客が「参加する行動を行いやすい」要因

今回、いわきの十中八九の演奏中、いいなあと思ったのは、ダンドリストの不破さんの動き。

・リズムを自らの手拍子でうみだし、観客のほうに体をむけて、しっかり『見る』。目を開く。自ら手拍子をし、観客のほうへ数歩近づき見えやすい位置で手拍子を促して、観客がのってきたらまた段取りに戻る。
・ソリストのソロが終わると、ソリストを観客が見えやすいように視点を誘導する動きをとる。観客へ拍手を促す。
・頭に戻る、ソリストとして立つ、奏者への合図が明確で見えやすい。観客からもしっかり見えて、何か新しいことのはじまりを想起させる。

など。
奏者もですが、それ以上に観客も「参加する行動を行いやすい」のです。
「参加する行動を行いやすい」要因としては、以下だと個人的には考えています。

リアルタイムでの実施:リズムの開始後、ソロの終了後など、すぐにその行動をとっていること。
参加手法の提示が身体全体で表現されており明確:身体を観客へむく、数歩ふみだす、視点を数秒固定する、拍子の腕を見えやすい位置で実施し「このリズムでいくよ、一緒にどうぞ」等のボディランゲージが明確

前者だけだど、観客とステージは距離があるままなのですが。
身体を使って意図を示すことで、観客がまきこまれていくのを実感しました。

※「そんなんあたりまえじゃーーー」と、不破さんやお師匠様方におこられそうな気がするけど。
そうした身体的な知識って、なかなか会得できないし、形式知として音楽教育では学ぶ機会少なかったなと個人的には思うのです。
渋さ知らズワークショップで、見て、感じて、ようやく見えてきた部分です。

必要な表現スキルと、場で使う表現スキル

即興的な行為を行う際、利用するスキルは、感覚値としては『自分の本気集中スキルの1/10』という程度です。
のこりのパワーは、他の奏者や観客を見て即時対応するために使うといっても過言ではありません。
だから、超絶すごい技法を用いて何かやってやろうと思って9/10の力でなにかしようとしても、いまいち場にそぐわないし、楽しくはならないし、場だってもりあがらないよなーと感じます。

これは対話や議論の場etcでグラフィックを描くときも同じで。
私の場合、持ち得るスキルの1/10程度の力で描き、あとは聴くこと、情報を位置づけること、必要な問いかけは何か?思考することに力をつかっています。
ときには観察が大事とふりきるなら、持ち得るすきるの1%程度でしかかかないことも。

「超絶かっこいい絵をかこう、音をだそう、表現しよう」ではなくて。
絵も音も『コミュニケーション』の場で表現するなら、スキルの使い方が大幅に異なってくるのです。

ちなみにこれは高度な技術を否定するわけではありません。むしろ逆。
普段から練習して高度な技術を身に着けている人ほど、即興でやれることはふえるので。
200の力をもつ人の10%は20だけど、50の力をもつひとの10%はたった5しかないです。
スキルを身に着けること自体はとてもいいと思っています。基礎練習まじ大事!!!

ただし,インプロを通しても,その人自身の中に無いことから新しいことを生み出すことはないことには留意しておきたい.当然であるが,知らない言葉や概念がひとりでに湧き出てくるわけではないのである.インプロは,その人の中にすでにあるもの,眠っているものを掘り起こし,融合させる手伝いをするのみである.
『インプロビゼーションとアイデア発想ワークショップ :いま、この瞬間の世界と向かい合うことの意味』 Kamihira_log at 10636より引用

スキルの高低問わず『一緒に楽しんでいく』ために


※写真は伊達 政保さん撮影

どんな音楽や楽器であれど、技術が上がっていくと、いくつか見られる声があがるなーと長年楽器演奏やってて思います。

・「下手な人と一緒にやるのはつまらない、うまい人とだけやりたい!」
・「下手な人には自分が教えなきゃいけない!どうしよう・・・」
・「自分が一番上手で、いちばん目立ちたい!」

上手なこと=いいこと、みたいなマインドは、コンクールやプロ意識必要な場だと大事ではありますが。
即興演奏に必要なマインドはそこ中心ではないな~と思うのです。
上手くなればなるほど、一緒に関われる人が制限されてしまうので。
むしろ、新しいものをうみだすために、「集まった人たちで、どう楽しんで、行けなかった場所へいくか」というマインド中心で考えたほうが、長くつづけられるんじゃないかなと思うのです。

そう思ったときに、技術熟練者がどう動くか?ってすごく大事で。
『教える』『自分ばかり目立とうとする』関係が固定するというのは、いずれも上下関係をつくることになりかねず、『一緒に楽しむ』ことが薄れてしまうのです。
(※ちなみに、教えることのすべてがだめなわけでは全くなく、弟子が望む形で師匠に師事するのはいいと思う。)

自分が受け持つ、グラフィックを用いた場づくりでは、どうしても『先達者 対 学ぶ人』になりがちなので。
関係固定しないよう、「学ぶ人に頼るような状況をあえて設定する」「自分からは教える動きはとらない(私は積極介入しすぎるタイプなので、そのくらい引いてようやく人並み)。壁打ち相手になる程度」「まず、一緒にたのしむ!」という指針をもうけています。
※そのあたりは、『Civic Tech Forum2017!チームでのグラフィックレコーディングと、その舞台裏』という記事にもあるとおりです。

別に自分が目立つ、じゃなくて全然よくて。
初学者も、熟練者も、一緒にすそ野を広げて楽しむことこそ、そのスキルが広がることになると思っています。
その中で、学びたい初学者は学ぶだろうし。


※写真は伊達 政保さん撮影

ファシリテーションとか、グラフィックレコーディングなりファシグラなり、即興演奏なり。
場をつくっていくという視点は同じ。
いろんな色が混じりながら、予測できないものを創造していく。

そんな場を、私は今後もつくっていきたいなと思います。

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