ビジュアルファシリテーターの阿呆な研究

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サービスデザインに関わる人のキャリアについて考える~社会で参加型の文化を育むために、キャリア一歩ふみだしてみた感想~

サービスデザインファーム(グラグリッド)に転職して、はや半年。
ビジュアルファシリテーションの仕事もしつつ、ビジュアルファシリテーション用いたサービスデザインの業務も部分部分で入り、得るものの非常に多い半年間だったように思います。

で、手を動かしながら思ってたこと。
日本におけるサービスデザインに関わる人のキャリアの歩き方、まだまだ未知の道すぎ!!
切り開く余地が多々あり大変なんだけど、めっちゃおもしろいところだよなーと思ったので、一歩ふみだした実感や、まわりを見まわして感じていることをつらつらかいていってみたいと思います。

サービスデザインは経営・事業から考える話なので、現場レイヤーにいるとそもそもお目にかかれない

サービスデザイン自体、事業戦略の中の一部としてのUXデザインと位置付けられていたのが、事業戦略にUXデザインが内包されている状態の組織を前提としています。
THIS IS SERVICE DESIGN THINKINGで挙げられている、サービスデザインの5要素を考えると、「まあそりゃそうだよなー」と思うわけです。

  1. ユーザー中心
  2. 共創
  3. インタラクションの連続性
  4. 物的証拠
  5. 全体的な視点

例えば現場レイヤーにいる人間がこの全体的な視点を持ってサービスデザインを業務で実施しようとすると、以下の選択肢があげられるのでは?と感じています。

  • 【A】自分がその事業の様々な部署を経験し、視点をもてるようになり、周囲をまきこむ
  • 【B】事業を統括する立場になるor起業する
  • 【C】サービスデザイン的な関わり方をしているデザインファームへ転職する

【A:自分がその事業の様々な部署を経験し、視点をもてるようになり、周囲をまきこむ】は実はある程度まで現実的かなと思いつつ、二つの理由で難しい側面もあると考えています。
まず、一つ目は全体を見るキャリアと信頼を積むのに時間がかかるという点。(10年以上はかかるのでは)
二つ目は、個人だけではどうにもできない側面が大きいという点。
仮に自ら全体的な視点を手に入れても、経営層の承認が得られないと、全体的な視点を持って、物的証拠をタッチポイントとしたインタラクションの連続性をつくることは難しいのです。

また、実際にサービスデザインの案件の中にいてひしひし感じたのは、価値を探索し、検証して、進化させていくプロセスは「見えない中手探りで歩いていく」ような状態であるということでした。
「これを作る」というのが見えていない中、探っていく現場も不安になるし、経営層も不安になる。
「これを作る、今そのための〇%の段階だよ!」というのが見えていない状況を受け入れ、それでも実施する・・・というプロセスを経ることができるのは、経営層の理解、そして組織(チーム)として向かっていく必要性を痛烈に感じました。

では、【B:事業を統括する立場になる】はどうでしょう?
出世する、という選択肢がまずありますね。
この選択肢をとれる人は、組織にその分コミットし、しかもスキルがあるという前提となります。
(私は残念ながら、そうしたスキルはありませんでした。)
他、スタートアップに転職して事業統括する立場、起業するになるという方法もありますが。
スタートアップの給与体系や起業の不安定さや(人によっては)年収減少を受け入れられることが前提となります。
二十代のうちは比較的耐えられるものの、家庭(特に扶養家族とかローンとか)を持ったオーバー三十路以降はだいぶ難しい部分もあるんだろうな・・・。

そして最後の選択肢、【C:サービスデザイン的な関わり方をしているデザインファームへ転職する】
日本だと、以下の会社があげられるのかな。

▼日本でサービスデザインファーム的な仕事がある(ように見えるところ)
株式会社CONCENT
IMJ(Service Design lab)
グラグリッド
DNP(サービスデザインラボ)
富士通(あしたのコミュニティーラボ系の活動)
ACTANT
biotope
など。

▼海外系デザインファーム
IDEO
Designit
Tigerspike
など(もっと多々ありそう)

日本でサービスデザイン的な関わり方をしてそうな企業については、正直「敷居高い」と思っています。
IMJとかCONCENTとか富士通の中でも、サービスデザインに関わっているひとはごくごく一部、超のつく狭き門。
他の企業でも、たいてい大きくはない会社のため、パブリックな採用があるところは稀です。

そして海外系デザインファームは「英語?できて当然だよね!サービスデザインの実務も〇年以上!」。
お、おう。。。

というわけで、普通に現場にいると、普通にしていると手がとってもとどきづらいなあ、、、と市井の者としては思うのでした。
とはいえ!少し行動するだけでも世界が広がる状況ではある!というのもあわせて実感している部分でもあります。

そもそも、サービスデザインの市場を開拓していくところからが必要

海外だと、Service Design Networkのようなところを見ていると、ケーススタディがたくさんあふれています。
日本だと?と考えると、まだまだ途上だなとも。
これからきっと必要になっていくのが、以下のような情報だったり、場だったり、人だったりなのかな・・・と思うのです。

・日本における公開可能なサービスデザインのケーススタディ(取り組みを促すための成功例、失敗例から抽出した学び、両方必要!)
・(ビジネス文脈で信頼度の高い)書籍や、論文
・リビングラボのような、生活者をまきこんだ参加型の場
・イギリスのPolicy Labのような政策デザインラボとしての場
・企業、行政の中でアクセレーターとなる人
・学校でのデザインや経営等事業創出においての教育(=未来のアクセレーター)

・・・サービスデザインやってみようと思うと、そもそもサービスデザインの生態系をつくる必要があるのです。
サービスデザインのサービスデザインですね。
今もしサービスデザインに関わろうとすると、おのずとこの生態系育もうぜ的な流れに入らざるをえなさそう。笑

こうしたつながりの中で、自分の状況と、手を動かしながらつながっていきたい人や組織を考えていくといいのかなと思います。

サービスデザインの取り組みを行うのは、新しい文化をつくること

個人的には。
これって、日本で新たな文化をつくる、文化触変の過程だと捉えています。
日本の多くの企業が、『企業が価値を生み、それを消費者に与えること』『モノ』が前提のモデルにあり、そのモデルが生みだす発想の問題に今とても苦しんでいるのです。

何よりも、売り物自体に価値があると考えることで、事業の改善や開発のための検討が、その売り物のカテゴリーの範囲におのずと限定されてしまう。
そして、その売り物を消費者に渡して対価を得ること(販売)に事業のゴールが設定されるため、それが実際にどのように消費者に使われているかに関心が向かなくなってしまうのだ。
サービスデザインの教科書 武山政直

私自身、OTA(オンライン旅行会社)にいた間、旅行業界の広さ(航空会社や鉄道会社等の交通機関やホテル、リアルタイム予約のGDSやサプライヤー、旅行会社、政府観光局、ランドオペレーター、政治等の情勢etc)を知れば知るほど、「ユーザー一人の旅行を支えているのは、自分の会社だけではない」と実感していきました。
そして同時に、そのシステム連携の緻密さと複雑さ。
「そんな巨大なシステムに対して、ユーザーのために、自分は何ができるんだろう?」という問いをたてるたびに、いちOTAの現場でのUXデザインという立場でできることの限界を感じずにはいられませんでした。

だからこそ。
サービスデザインという新しいビジネスの捉え方をもって、日本のビジネスに挑んでいってみるというのは、色々な場所で学ばせてもらい経験を積ませてもらった自分が、今、精いっぱいできることだなと考えています。
文化触変のモデル図における、伝播・呈示の担当者である『文化運搬者』に自分がなる・・・という状況ですね。

開発現場も一つのシステムとみたてたとき、各種専門家の持ち込むものは『外来文化要素の伝播』に相当します。
そして文化を提示したとき、受け手側では必ず選択されるわけではなく、『フィルター』によって跳ね返される『拒絶・黙殺』があるのがポイント。
この『フィルター』は受け手側の人々の意思・選択が果たしている役割です。

この『フィルター』を通るのに必要なのは、必要性と適合性。
必要性:人々が実際の生活のために感じる必要性があるかどうか?
適合性:受容側の文化に以前から存在する文化要素に適合するかどうか?

外来要素の伝播・呈示の担当者は『文化運搬者』とよばれますが、文化運搬者の役割は呈示までで、フィルターに通すか通さないかは受け手側の必要性・適合性の問題なのです。
さらに、そこからは一度文化をうけいれたけど『抵抗』して再びフィルタに戻ったり、新しい解釈がなされて周辺の文化要素が加わり『再構成』がなされたり。
その結果生まれるのは『新しい平衡状態』。

専門家として現場でモヤモヤした時に助けとなる、文化触変のモデル図

今、私は日本の社会を見たとき、サービスデザインの「必要性」を、民間のビジネス、公共でも、両方において必要だと感じています。

・情報技術発展によりもたらされた人の移動と交流の加速
・人自体の国際移動に伴う、文化の変容
・情報技術発展によるサービスの複雑化
・世界で類をみない少子高齢化と減少する財政
・古くなっていくインフラ、縮小化する都市

※このへんの課題意識は、「不安な個人、立ちすくむ国家〜モデル無き時代をどう前向きに生き抜くか〜」がベタですがとても言い当てられたな感ありました。

日本の社会において、そこにいる多様な人々とともに、ありたいビジョンを考えるために。
これまでの組織と人との関係性を変え、対話し共に創る、参加型の文化を育む必要があると強く感じています。

その取り組みとして民間ではサービスデザインでの事業創出だったり、公共での政策立案なのかな、と。

そして、対話し共に創るための道具として、ビジュアルファシリテーションが大いに機能すると考えています。
「適合性」もふまえて、うまく橋渡ししていくためにも。
北欧のような「そうやって育てられているから」がないなら、じゃあつくればいい。
そんな考えから、青山学院大学等の大学でのグラフィックレコーディングの授業等、まずできることの取り組みをはじめてみました。

見えないところを歩んでいくプロセスで、状況を可視化していくためにも。
一人一人が考える思いや見えない未来を可視化し、それをもとに共に話していくためにも。
目指すビジョンに向かって、一歩ずつ歩いていく時にも。

一歩ずつ、文化を変えていくために、揺れながらでも進んでいきたいな。

—-
・・・・そういう話をすると、私はなぜかいろいろな人から「政治家になりなよ」とも言われます。
生活者として生活するのと同時に、手を動かしつづけたその先に、公共分野のサービスデザインという手法の実行は確実にありそうだし、さらにその先にある実現したいことの手法として「政治家になる」もあるのかもしれません。
もしかしたら高校~大学時代に考えていた、NPO職員という方向もあるかもしれません。

未来はまだ見えず、模索しはじめたところで、山田ズーニーさんでいう「社会人の思春期」。
思春期でゆらぎながら、もがいていきますよ~!!!!

かなり乱暴だけど、
「人は2回17歳を迎える」と思う。

なんのことはない、
わたし自身が、「自分はなにものか?」
ゆらゆら、悩みまくった年があって、
いい大人になって、
何でこんなにゆらゆらするんだろう、
と数えたら、社会に出て、ちょうど17年目だった。

社会人の17歳。

大卒なら39歳前後、
高卒なら35歳前後、
(中卒、……。これは、びみょーだなあ、
だって中学生って、1回目の17歳もまだだもんなあ)
とにかく、そのくらいで社会人の「思春期」がくる。
かなり乱暴な説だけど、わたしはそう思ってる。

おとなの小論文教室。Lesson122  17歳は2回来る 山田ズーニー

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