ビジュアルファシリテーターの阿呆な研究

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「この阿呆野郎」と思った時は、念仏唱えるが如くブログを書く

タイトルから怒ってる風ですみません。

基本私はあったかのほのほみんなと楽しく仕事したいのだけど。数字をちゃんと見ようとしないマーケターとか、プロジェクトの本質とまったく関係ないことを言い出す人とか、継続して仕事していると疲労困憊し「この阿呆野郎!」と思っちゃうことがある。

もちろん社会人として、上司や関係者をまきこんで、どうにかプロジェクトの体をなすようには一応動く。しかし私が動いても、往々にしてそういうプロジェクトはマイナス100→マイナス10にする程度の成果しかでない。かけた労力の割に成果でない。成果がでないので、もやもやした気持ちはたまる一方である。

あるべきサラリーマンはそんなもやもやした気持ちを酒で発散するのかもしれないが、残念ながら私は酒が飲めず、酒での発散はできない。ケーキとお紅茶を前にして女友達に愚痴るという方向性も考えられるが、なんてったってウザい。たぶん友達なくすだろう。

というわけで、もやもやがたまったとき、最近はブログの記事を書くことにしている。情報の整理だけでなく、気持ちの整理もできて前向きに仕事に望めるようになるから。念仏に等しい効果である。

「この阿呆野郎!」をブログ記事に変換するまでの道のり

「とりあえずUI直せば、どうにかなるんじゃないか病」になった話 というエントリー書いたときを例にする。

1.仕事中ぷりぷりする


Angry Birds / thethreesisters

このときは「コンバージョンが少ない。今の情報だけだと伝えきれない要素のAもBもCもDもEもつっこんでよ」という無茶ぶりをうけたことがきっかけだった。もちろんA〜Eの要素提案は定量的、定性的なデータから導いたものではなく、担当者の主観的なものでしかない。

「あなたの主観はおいといて、数字ちゃんとみようよ!」
  ↓
「数字みてない・・・・?仮説たててない・・・・だと?」
  ↓
「データもってても仮説たてないなんて、馬鹿なの?死ぬの?」
  ↓
「ディレクター工数デザイナー工数コーダー工数無駄遣いする案件なんでごめんじゃ!」
  ↓
「こんなう○こ案件やってられない!この阿呆野郎(ガッシャーン と机をちゃぶ台返しするイメージ)」

こんなもんだ。まあひどい。

基本私は、自分がそもそもダメ人間なので、「できないときもあるけどそれはお互い様、ギブ&テイクしあっていきませう」と思っている。だからさほど怒らない。社内平和主義。でも、さすがに上記のような事例 ー担当サービスについて真剣に脳みそ使ってない態度ー を連続して見せられるとぷりぷりしてしまう。

もちろんぷりぷりした様子はあまりみせたくないので、現場では笑顔で「じゃあ次はほげほげしましょう〜・・・」と対応している。たぶん笑顔と思っているのは私だけだが。「あんたは感情だだもれだ」「笑顔がひきつってて怖い」と先輩からしょっちゅう言われてるので、上記のような感情であることは皆に察されていると思う。精進必要。

2.ぷりぷりを論理的に分解する


Angry Birds Birthday Party Printables – Cupcake Toppers / TinyPrintables

ぷりぷりがおさまらない場合、帰り道(最寄り駅から徒歩20分)の間に「なぜ私はぷりぷりしたのか」について考察する。
上記の例だと、以下のような相手の態度が私のぷりぷりの元だった。

・問題解決のための仮説を考える際、定量的定性的データを見ずに主観的に仮説を立てている

このような私をぷりぷりさせた要素を以後「ぷりぷり要素」と呼ぶ。

3.ぷりぷり要素と自分のつながりを考える


Angry Birds – Hogs and Kisses Stars screen / cofiem

ぷりぷり要素を考えると、実は自分だって過去やったことがあることが9割である。上司や先輩にフルボッコにされたものが多い。自分だって過去にやったことがあるぷりぷり要素は、心の中で上から目線になるのは自由だけど、ブログ上で偉そうに語るのはNGだと思う。だって、偉そうに語っても、私にはその偉そうを裏付けるものがないもの。有名人でもないし。たかだかwebディレクター7年目の人間だし。偉そうに語れるのは、それだけの経歴をもった人だと思うのだ。

ちなみに、ぷりぷり要素の残った一割は、真剣にサイトに関わってないことが見受けられる場合。売り上げを目標数値にあげるようPDCAまわすのが仕事なのに、自分の目標数値さえ全く把握してないでヘラヘラしてるとか。その場しのぎのことしかいわないとか。真剣にコミットしたい気持ちを折られまくると、怒りもやがてなくなって悲しくなってくる。

4.文章化して、次どうするかを考える


Loic the Angry Bird / Adam Tinworth

自分がやった過ちについてぷりぷりしてたなら。今の自分の目線をぐっと下げることにしてる。脱上から目線。過去にその過ちを犯した自分に語るように、伝わるように文章にする。今の自分から、過去の自分への手紙と考えるといい。

結果を出そうとして、はやく相手を動かそうと焦ると、
どうも、相手の非を指摘したり、相手に変われ、と
おしつけたりしやすい。

だいたい、「人を動かそう」ということ自体、
すでに自分のコミュニケーションは、
「上から目線」なのだ。

「何を言うかより、どんな目線で言うか?」

多くの人は、他人に
「上から目線」でものを言われることを好まない。

大人の小論文教室
Lesson324 人を動かすということ

22歳の自分は、他人のいうこときかない偏屈野郎、プライドだけは富士山的に高い。そんな奴でもわかるように書くのは難しい。

「なんでそんなことすんの、馬鹿なの、死ぬの?」
なんていったらすぐそっぽ向かれちゃう。

だから、まずは過去の自分の気持ちに徹底的によりそうのだ。
「あー、それよくやっちゃうよね。わかるわかる!私も同じことやったの。んで困っちゃった。あ、あなたも今困ってるんだね。」
という共感からはいって、そこから何をアクションしたらいいか、自分のことばで語る。他人の受け売りは決して伝わらない。えらい人の語る内容の半分の内容もあれば、もう十分。自分が心から感じたことを背伸びせず書くことが、相手へつながる一歩だ。

ここまでくると、伝えたい情報としてはだいたいまとまるし、自分のトゲトゲしてた気持ちも大抵はおさまってしまう。情報をまとめた達成感もあるし、何より情報まとめたことでトゲトゲの中に隠された大事なもの…相手にどうはたらきかけてくか…が見えてくるから。心を鎮める、という意味では、念仏と同じような効果があるんじゃないかと思う。南無阿弥陀仏。

———-

ほんとは、この一連のフローを文章にしなくてもできるのが一番いいと思う。そして周囲の素敵な人たちはいともたやすく素早い思考の中で今のフローをやってのける。だから文章化しなくてよいのかもしれない。

残念ながら、私は素早い思考ができないタイプだ。情報と自分の思考をつなげるのに、紙とペン、パソコンを前にして数時間手を動かして、はじめて答えにたどり着く。速さという点は致命的。
だけど、時間をかけまくっても文章など形あるものにのこすことで、周囲の誰かの心に届いてくれたら、素早い思考にはない「伝わる」という別の価値を産み出すことができる。

情報をまとめ、気持ちもまとめる。自分とつながり、誰かともつながれる。書く、ということの価値は計り知れない。

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